【白熱教室】「性」についてマジメに考える

活動記録

概要

日時:2022/06/25/土/17:00~18:00
場所:GOALOOK学習塾

講師:貴志葵(Kishi Aoi)
GOALOOK学習塾講師
所属:京都大学文学部
出身:兵庫県
卒業:六甲学院高等学校

ハイブリッド形式

今回はGOALOOK学習塾でのオフラインとzoomのオンラインを合わせたハイブリッド形式で白熱教室を実施しました。京都にある当塾に直接来ることが難しい大阪や滋賀に在住の方にも参加していただけました。

今回取り扱うテーマは「性」です。性といっても保健体育的なものではありません。文学部に所属する貴志先生に「日本史」と「宗教的世界観」から性について語っていただきました。性というものは本来我々にとって切っても切り離せないものです。実際に日本の歴史でも性への価値観は変化を繰り返してきました。時の権力者も政治制度として取り込むこともありました。また、世界の宗教も「人間とは?」という問いに答えるために性について触れないわけにはいかず、独自の価値観が形成されています。

「性」を一括りにいけないものとしてラベリングし、避けるのは違うのではないかという思いから今回の白熱教室が計画されました。今回のテーマを論文の一部としても扱う貴志先生が「マジメ」に語ることで人間と性の関わりを正しく捉えます。

講義構成

日本は「性」を忌避しすぎている?

「性」というテーマを扱うのは難しいです。場合によっては意図せずして不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれないからです(※1)。しかし、概要にも書いた通り避けて通れるものではありません。それは価値観の形成に大きく関わってきたからです。

わかりやすい例を挙げるならば芸術ではないでしょうか。かの有名なダビデ像を世界史の教科書から消そうとはあまり思わないですよね。ポール・デルヴォーの「眠るヴィーナス」展示を禁止する美術館もおそらくないですよね。

要は捉え方だと考えています。これらは当時の価値観にして「マジメ」なのです。それがわかっているからこそ現在でも受け入れられているのでしょう。これらは有名なので現在でも忌避されず受け入れられていますが、その他の場面では不必要に憚られることもあります。

価値観の形成において非常に重要な役割を果たしてきたものですからぜひ今回「マジメ」に捉えましょう。

(※1)今回の白熱教室は実施前に内容等を断った上で実施しています。

日本の歴史から捉える

こちらの土偶の写真は皆さん一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。これは縄文時代に作られた土偶です。この土偶は女性を豊穣の象徴としてつくられたものだと考えられています。実は土偶は女性をかたどったものが非常に多く、しかも妊娠した女性のものが圧倒的に多いのです。

平安時代になると一夫多妻制になります。一方でその恋愛の形は自由恋愛であったともいえます。男性が意中の女性に和歌(ラブレター)を送り、返事を待つのです。しかし、鎌倉時代以降武家の台頭で家を守るという目的を重視した価値観が一般化しました。

江戸時代になると春画や混浴文化にみられるように、性に対しておおらかな文化が形成されました。当時の価値観ではそれが一般的であり、違和感がなかったのです。

大きな転機は黒船来航後の開国です。開国後西洋的価値観が一気に流入し、性の分離が急速に進みました。婚前交渉の禁止などのシステムが整理され、女性が純潔であることを求める西洋的価値観に基づく文化がつくられました。

では日本以外の価値観はどのようなものなのでしょうか?

日本以外の価値観

兄弟宗教であるユダヤ教・キリスト教・イスラム教の価値観からみていきます(※2)。

(※2)宗派によって異なる部分はありますが、一般的とされるものを取り上げています。

ユダヤ教の価値観

ユダヤ教の聖典旧約聖書に記されているアダムとイヴの逸話はご存じでしょうか。

神は自分が作った楽園に、アダムとイブを住まわせました。神は2人に対して「命の木」と「知恵の木」に成る実を食べてはならないと言い聞かせました。しかし、ヘビがイブを誘惑し、楽園の中心にある知恵の木の実を食べるようにそそのかした結果、アダムとイブは禁じられた禁断の果実を食べてしまいます。それまで裸で過ごしていたアダムとイブでしたが、禁断の果実を食べたことで羞恥心を覚え、イチジクの葉を腰にまきつけます。それを見た神はアダムとイブが言いつけに背いて禁断の果実を食べたことを悟り、2人を楽園から追い出します。

このようにアダムとイブは知恵の実を食べたことで羞恥心を抱くようになりました。そしてそれに気づいた神は彼らを追放したのです。ここからユダヤ教の性に対する捉え方がわかります。

キリスト教の価値観

キリスト教には「処女懐胎」という概念があります。

ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
(中略)
そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになり得ましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」
(中略)
マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

キリスト教にはこのように純潔を重んじる面もみてとれます。西洋的価値観はキリスト教と共に醸成されてきたのでこのような価値観が現代を含め日本の開国時には存在していました。

イスラム教の価値観

イスラム教において婚前交渉は厳格に禁じられています。それは現在においても同様です。インドネシアでは2020年の6月に婚前交渉が理由で実刑が執行されています。

イスラム教の教えでは、婚姻関係にある男女以外の性行為は姦通とみなされ、聖典クルアーンには「地獄に落ちる」と記されています。

ここまで苛烈な価値観は今の我々からすると少し受け入れられないように感じてしまうかもしれません。しかし、彼らには彼らの価値観が存在し、我々の価値観に基づいて違和感を感じるからといって断罪するのは間違っています。

まとめ

「性」というものに対して人間は様々な価値観をつくりあげてきました。宗教では特にそれが顕著です。宗教的な面も含め、歴史的に一般大衆の中でつくり上げられてきたものなので、なかなか「今」の価値観から変わることは難しいかもしれません。しかし、ただ知らずに避けるのではなく「マジメ」に知ってもらった上で新たに自分の価値観をアップデートしてもらえる1つの機会に今回はなったのではないかと考えています。

貴志先生ありがとうございました。

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